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番頭デュークの業務日誌
最期の顛末
2013年12月01日

28日の18:05、ポメ店長、晴れ渡った夜空に、迎えに来たデュークに付き添われて、還っていきました。


デカポメが、ちっちゃな骨壺に入って帰宅。

今は、番頭デュークの骨壺と寄り添うように並んでいます。


あまりに突然のサヨナラで、混乱した頭はまだまだ放心状態で、なかなか整理できるような状況にはありませんが、記憶が鮮明なうちに、少しずつ記録としても残しておきたいと思います。

とても長くなりますので、お時間あるときにでも、お読みください。


22日の金曜日までは、しんどそうながらも、夕方帰宅したパパさんに散歩をねだり、店員Hこの日は自身が体調よくなく行けなかったんですが、嬉しそうにカートに乗って出かけていく後ろ頭を見送りました。

玄関のドアが閉まった後も、なんとなくこの日は、やっぱり一緒に行けばよかったなと、後を追いかけようかと迷ったのを忘れません。
いつもはこんな思いはしなかったのに。
たぶん、何か予感のようなものがあったんでしょうね。
ポメ店長との最後のお散歩に一緒に行ってあげられなかったことに悔いが残ります。

23日は、明け方まではいつもと同じ、なんら変わらずの時間が過ぎていました。

11月に入ってからは、体調がいい時と悪い時が交互に短期間で変化するような、気分的にジェットコースターのような状況を繰り返していました。

体調がよさげな日は、最近はずっと、また自分で階段を上って店員Hのベッドに上がれるようにもなり、以前のようにベッドでゆったり眠る時間が増えていました。

ベッドへの上り下りは、慎重な感じはしていましたが、自分で上り下りできることも増え、上るのも困っているときは店員Hが手伝っていました。
この日は様子を見ていてちょっと心配で、ベッドへの上げ下げを店員Hがしていました。


もういつ頃からでしょうか?

夜行性動物の本領発揮なのか、昼間は食べず、ずっとぐうぐう寝ていて、深夜から朝方まで、あれ食べたいこれ食べたいというようになっていて、ポメ店長の給食のために、店員Hの昼夜丸きり逆転生活も、相当長期になってきてしまっていました。
嘔吐も日常茶飯事、時折下痢も加わりますから、寝るわけにいきません。

店員Hも、ポメ店長が4月末~6月に「潰瘍性大腸炎」を患って、毎日下痢・血便が朝まで何度も続き、睡眠時間がほとんどまとめてとれなくなり、梅雨時に血圧が急激に上がり倒れてしまい、以来薬の副作用に苦しめられ、ずっと体調が優れない日が続いていました。

この日も、やはり夜中に、キッチンで洗い物をしていた時、足音がするので、ふと横の廊下を見たら、さっきベッドに抱き上げて寝かせたポメ店長が、スタスタ廊下を歩いているではありませんか。
背中が痛そうだったので、まさか自分で降りるなんて思いもよらず、ビックリしました。

もしかしたら、これがきっかけになってしまったのかもしれません。


朝まで、この日もしっかりごはんやおやつ、薬もきっちり飲んでいただき、この日は吐かずにすんで、またベッドに寝に行きました。

朝のごはんもしっかり食べて、みんなが眠り始めたので、店員Hもシャワーを浴びて眠ることに。
以前は、どれだけ朝遅く寝ても昼には起きて動いていたのですが、6月に倒れて以来、昼夜逆転はどうにもならないにせよ、ちゃんと睡眠時間だけは7時間はとるように医師に言われ、下手をすると夕方まで眠る日も増えていました。

この日も、前日から目が回り、頭痛がひどく、手が痺れ、体調最悪な状況だったので、夕方まで眠りました。

起きだして、薬をあげて、おしっこをさせて、ごはんを食べさせて・・・
ここまではいつも通りだったんですが・・・。
ただひとつ気になったのは、朝寝る前のチッコ、体を支えてあげないとできなかったこと。


23日夜19:30頃、パパが帰宅したところ、いつも昼はそこで寝ている玄関近くの廊下に置いた天使のベッドで、ぐったりしているポメ店長に気づきました。

目は虚ろで、呼んでも反応が鈍い。

何かがおかしい。

おしっこをまた朝のように体を支えて、チッコ場に置こうとしてもその場にへたり込んでしまう。

絶対おかしい。

慌てて20:40腎臓のための点滴を200ml入れ、その1時間後、6日におかしくなった時に、副腎腫瘍に痛みが出ている可能性があるとのことで、その痛みを抑えるための痛み止めの座薬をいただいていて、また食べられなくなってグッタリしたら座薬を使うように言われていたので、それを使用しました。

11月6日も一度体調悪化があったので8日に病院に駆け込んでいたんですが、その直後10日にまた一度グッタリすることがあり、初めて座薬を入れたのですが、店員Hが失敗して常温の薬を冷蔵庫に入れてしまったため、半分に切って入れるのが切ったら割れてしまい、そのかけらをヒイヒイ鳴くポメ店長のお尻に無理矢理突っ込んでしまいました。

入れた後少し楽になったのか一応眠ったので、効果があったのだと思っていたんですが、後でそれはどうやら失敗して効いていなかったらしいのです。

23日夜の坐薬が初めて効果を出したということだったようです。
ポメ店長は長くいろいろな薬を飲んでいるので、効きやすくなっていることもあり、効果が普通より長く続いているのでは・・・?と、夜中に電話口に出られた当直の先生にも言われ、ちょっと安心したものです。

夜中になるにつれ、完全に立ち上がれなくなりました。
あまりに突然のことで、何が起こったのかすらわかりません。

夕方以降、チッコが出ていないし、グッタリ度がなんだかいつもと違う気がして、深夜に今のかかりつけの戸塚のぬのかわ犬猫病院の夜間窓口の携帯電話に、意を決して電話。

1時間半も話し、診て検査しないとわからないけれど、今ここまで遠出のドライブ(夜中なので40分ほどですが)をして店員Hがひとり運転して急いでも、もしかしたら、途中で亡くなる可能性もなきにしもあらず。
座薬を入れると沈静効果もあるので、もしかしたら、初めて坐薬が効いて深く眠れているだけかもしれない。おしっこが出なくても24時間は犬は大丈夫だから、明日の朝まで待ってもよさそう。
という判断でした。

とにかく急激になぜそんなグッタリしてしまっているのか、当直の先生も電話では判断しかねていたようです。

その後、血が混じったような色のちょこっとチッコを、3時40分、5時5分、5時35分、7時10分と寝たままシーツに出て、その後7時半頃、大量のチッコを体を起こして支えてあげてちっこ場でしました。
明け方血の混じったような少しずつおしっこが漏れ出ていることを、もう一度病院に報告し、その電話で朝の診療時間に合わせて病院に行くつもりでいたので、この全てのシーツを持って、病院に向かいました。

日曜日でビックリするくらい混み合う待合室。

カートの中でぐったり横たわったままのポメ店長。
急なことで、パパさんは仕事が休めず、ひとりで連れて行ったので、ゆうくんを抱いたまま1時間以上、待合室に立って待ちました。

この日は、運悪く、院長先生は予約診療で満杯。
仕方なく、前夜電話でお話していただいたS先生に診察していただくことに。
待つ間、途中で、一度、ずっと抱っこで暑くなってしまい、テンカン発作が起きかけたゆうくんを、カートのポメのお尻の方に入れてみたんですが、その途端、首をもたげて目を吊り上げて痛みを訴えるので、慌ててまたゆうくんをカートから出しました。

そんなに痛いんだ?・・・・

診察室に呼ばれて、前夜ほとんど症状は説明してあったのと、今のグッタリ度を考慮して、すぐに検査が始まりました。
約1時間。
いきなり院長先生に、いつもは入れない奥の診察室に呼ばれました。

レントゲンの画像をもとに、説明が始まりました。

膀胱と副腎の腫瘍の状態はそれほど悪化が見られず、6月に見たときとほとんど変わっていない。

問題は、レントゲンの脊髄の結果と、血液検査の腎不全の指標となるクレアチニンの数値。貧血の度合い。

脊髄の尻尾の付け根と背中の肩あたりの一番高い部分に、脊髄が炎症を起こしている状態の真っ白なものが映り込んでいました。
脊髄ヘルニアが起こり、変形性脊髄症もある。
その炎症のせいで、突然立ち上がれなくなっていると思われる。
痛みを表す検査数値は、「OVER」と振り切れるほど。
相当痛いはずです、と。

もしこの炎症が脊髄を脳へと駆け上がり、脳がやられてしまうと、多臓器不全になり、急死してしまう場合もある。
なので、2週間効果のある抗生剤注射と痛み止めを処置しておきますと言われました。

あと特に問題なのが、腎不全です。
クレアチニンの数値が、6月には2.0でだいたいこれを今までも保っていたのに、この日はそれが一気に4.4に。
倍以上の数値に唖然としました。

貧血の度合いもますます上がってしまっていました。

皮下点滴は様子を見ながら、体調の悪い時は1日置きから、元気な時は3日置きにしていて、先生にもそれでいいと言われていました。
この1週間は割と元気だったので、最近針を刺すのが皮膚が固くなって痛くなったのか、とても嫌がるのもあって、その前2回だけ3日置きを選択してしまっていました。

もう点滴しかこの数値を戻す方法はありません。
最初の1週間は毎日、その後は1日おきにまた点滴が増えました。

この日は病院で入れていただいたので、翌日からです。

帰途も助手席に横たわったまま静かに寝ていました。

午後は静かに寝ていましたが、深夜から時折体を動かそうとして激痛で手足が硬直し、宙をかき、痺れるのかピクピクして、その都度目を見開くようになってしまいました。
おしっこは出ていましたが、背骨が痛いのでオムツもできません。
垂れ流し状態で、体が汚れてしまいます。

夜、1時間苦しんでうんちを寝たまま出しました。
尻尾や尻毛にうんちがからみついてしまい、洗うしかなくて、そっと急いで洗い流しましたが、完全にはきれいにならない状態で、また激痛の表現を。
途中でやめて、寝かせて拭くだけ拭いてやめました。

夜中もおしっこは出ていました。
でも、体はびしょ濡れになってしまいます。
きれい好きのポメ店長、それを嫌がって顔をあげて動こうとしてまた手足が硬直し、目で訴えるので、体を持ち上げてシーツを交換するんですが、もうこれが泣けてきそうなくらいの痛みの表現をするんです。
本当に辛かった。

抱きしめてあげたくても、抱っこができない。
本当に神様が憎たらしく感じました。

おしっこはとりあえず出ているし、まさかこの翌日に逝ってしまうなんて、思いもよらず。

朝パパが出勤するときは、向きを変えてくれと手足をばたつかせるので、玄関が見えるように体の向きを変えてあげたら、じ~っとパパが玄関から出ていくのを見つめていました。
ドアが閉まった後も、ずっと・・・。
見ていたかったんだね。

だんだん激痛の度合いがひどくなっているのを感じ、まんじりともせず明けた朝、これからこの状態のポメ店長をどうやって介護していったらいいんだろう?とついへこんでしまいました。
頭はぼけてもなく、ポメ店長自身が、この状況を「なんで?」って思っているかのような表情でした。
その茫然とした目を見て、つい「もういいよ、ポメ店長。頑張らなくても・・・。」って言ってしまいました。
語りかけた後で、ハッとしました。
この子は、私が言ったことを守り抜く子だから、こんなこと言っちゃだめだって、と。

ここずっと眠れていなかった店員H、ここらで血圧も180を超え、しんどくて起きてられなくなってしまい、ポメ店長の隣でうとうとしては気配にハッとして飛び起きるを繰り返していました。

ポメ店長に背を向けて寝ていたら、ポメ店長店員Hの背中にチッコを飛ばしかけて、起こしてくれました。(^^;)
どうしてもこっちを向いて欲しかったようです。
2度もやられました。
2度めは見たんですが、手足硬直させて、ちょっと足をあげてピュッと飛ばし、1m くらい飛んできましたがな。
顔にかかるところでした。

片付けながら笑っていたのに・・・。

それでもシーツ交換は死にもの狂いです。
本当にかわいそうでなりませんでした。

ポメ店長も眠っていたので、横になっていたらまた夕方2時間ほど眠ってしまったようです。
ふと気配で目を開けたら、並行に寝ていたはずなのに、ポメ店長が自力で90度向きを変え、店員Hの方をまんまるお目目で、じ~っと見つめているではありませんか。
しかも頭がベッドから落ちて、下がってしまっています。

は?と慌てて飛び起きて、そっと体をベッドに乗せ、こちらが見えるような向きにしてあげました。
その後、ごはんを出してみたのですが、自分から口を開くことはありませんでしたが、手を添えてあげると口を開けるので、そこへ少しずつ薬を混ぜたふつうのごはんを丸めて入れてあげると、くちゃくちゃ口を動かして呑み込んでいました。
「トロトロ鶏の軟骨煮」も小さく切ってあげたら、ものすごくそれは嬉しそうにパクついて、お替わりまでしていつも以上の量を食べました。

でも、この時はもう体を伏せの状態にすらできなくて、横たわったまま、咀嚼するために口を動かすだけで、激痛でビクンビクンと体が震えていました。
24日の夜に、バースデーケーキを親ぴ~さんから食べさせてもらった時が、体をまっすぐ伏せの状態まで起こせた最後になりました。

それが夕方4時半頃のことです。


そして、運命の18時過ぎ。
ちょうど点滴をこれからしようかとポメの側に点滴を移し、準備をしたうえで、キッチンに食器を片付けていたところでした。
点滴しないで逝くなんて、それほど点滴が嫌だったんですかね。ポメ店長・・・。

18時10分頃パパが帰宅。

20分頃から、お腹がすいたと、とりあえずパンを食べ始めたパパ。
いつもそのパンが欲しくて、パパが残してくれるようにプレッシャーをかけて横に座っていたものです。
いつものように小さくしたパンを差し出しても、ポメ店長、反応がなかったようです。

店員Hは、その時キッチンにいて、片付けしながらポメ店長の様子を見ていました。
頭は向こう側・パパの座っている方を向いていたので、見えていませんでしたが・・・。

ふと見ると、シーツにチッコが拡がっているのが目に入り、シーツ交換してあげなきゃと慌ててリビングに戻り、ポメ店長を抱き上げたところ、「まだしてるよ」とパパから声がかかったので、両手で支えて新しいシーツの上に立たせるようにして抱いていたところ、その時点では、確かに、激烈な痛みに、かなり体を硬直させていました。

そして、おしっこが飛び散り、ポメ店長の手足がさらに激痛で硬直しました。

おしっこがで終わったようなので、そっと向きを横にして膝に抱き、びしょ濡れになってしまった体をそっと拭いてあげていました。

拭くのに意識が集中してしまっていたので、顔を見ていません。

そして拭いている最中に、ふっとポメ店長の体の硬直が解け、一瞬、足が拭きやすいようにだらんと開きました。
その時の感触は、まるでこうなる前の、いつものポメ店長を抱いているような普通の感触でした。


ん?おかしい?

慌てて顔を見ると、目は開いたまま虚空を見つめ、呼吸を確かめると息をしていませんでした。

うそっ!!

ポメ店長の名を何度も呼びながら、そのまま心マッサージと人工呼吸を続け、パパに病院に電話してもらいました。

代わってでてきた院長先生に、指示を仰ぎながら、「舌を引っ張って離して戻りますか?」と。

舌はもう真っ白です。

最初は、私は手が離せないので、パパが引っ張ったら戻らず、そう報告しているので、私が心マッサージを休んで引っ張ってみたところ、2度やって2度とも戻りました。
でも、電話をしているパパと院長先生、同時に、もう無理だということを悟ったようです。

店員Hはまだ未練にも諦めきれず、心マッサージと人工呼吸を続けていました。
ガウガウ犬のポメ店長のマズルを、こんなに深く口に入れたのは、初めてのことだったかもしれません。

受話器を握っているパパが、泣きながら先生と話していました。


「こんな急に。なんで?」・・・・

それしか浮かんできません。
茫然と、心マッサージと人工呼吸を繰り返していましたが、ポメ店長の顔を見て、パパの顔を見て、静かにその手を放しました。

虚空を見つめる目をそっと閉じたらすぐに目を閉じてくれました。

穏やかで、安らかな顔です。

しばらく抱きしめたまま、大声で名前を何度も呼びながら、大泣きしました。


時間を見る余裕がなく、それから時間を見たら3分進んでいる我が家の時計が、18:45分を指していたので、おそらく18:40くらいだったと思います。


パパが帰ってきたのを見届けるかのような最期。

「私の手が触れた瞬間に、安心したんだと思う」と布川先生も言ってくださいました。



11月25日、18:40。

17歳の誕生日まで、あと5時間20分を残して、ポメ店長は、静かに逝きました。



私との約束の「17歳の誕生日まで」という目標を、ボロボロの体に鞭うって、なんとか守り抜こうとして、あとわずかで力尽きました。

ポメ店長、あなたは本当に凄いワンコです。


画像のバースデーケーキは、24日の夕方、いつもおっきな公園で一緒に遊んでいただいていたポメギャル、リッチちゃんとピースちゃんの飼い主さんである親ぴ~さん(ブログ「ギャルポメ達のつれづれ日記」(http://owner680.blog84.fc2.com/)と、そのお友達のやはりポメ飼いで、ベリーちゃんと龍ちゃんのママ、ひろぴ~さんから、ポメ店長にプレゼントされたバースデーケーキです。
わざわざ親ぴ~さんが、24日の夕方、届けに来てくださいました。

2ついただいたうちの一つは、この日、横たわったまま、親ぴ~さん手ずから食べさせてもらい、薬を疑って店員Hの手から食べなかったのに、親ぴ~さんだと自分から口を開けてまで食べさせてもらって、ご機嫌な様子で、パクパク食べてくれました。

自分でもケーキは用意していたのですが、どうしても17歳の誕生日当日にあげたくて、あげていませんでした。

でも、親ぴ~さんは、「お腹の中にいた時間から考えれば、もう十分17歳だから」と。

美味しくて嬉しそうで、だんだんテンションが上がり、途中で、ポメ店長が体を起こしてくれというので、伏せの状態に起こして、バスタオルで支えてあげたら、その姿勢で、最後まで食べ、スポンジケーキをちょっと残しただけのほぼ丸1個、大好きだった「ベリーと豆乳ケーキ」を完食しました。

こんなにたくさん食べたのは、これまでで初めてです。

水もこの時までは、口の前に差し出すと、器から自分でペロペロ飲んでくれました。

嬉しくて泣きそうになりました。


この画像のケーキは、もうひとつの残ってしまった方のケーキ。
奇しくもこれと同じケーキを、店員Hも、冷凍なので、もっと前に買って準備していました。

食べる主を失い、2つも同じケーキが残ってしまいました。


でも、誕生日2日前でも、親ぴ~さんが食べさせてくれたバースデーケーキ。
もし食べさせないまま逝かせてしまっていたら、どんなに後悔したことでしょう。
本当に親ぴ~さんには、感謝してもしきれないほどです。
ありがたくて、ありがたくて・・・。


ポメ店長がサヨナラした夜、先生が待っていてくださるというので、ポメ店長の旅立ちの準備をしていただくために、戸塚の病院へ出向きました。

この日は嵐のような日で、強い風に舞い上がりロンドを踊るような枯葉が、花吹雪のようにポメ店長を乗せて走っている道を舞い、まるでポメ店長を送る花道のようでした。


診察が終わった病院の入り口を開けて迎え入れてくれた先生、ポメ店長の顔を見るなり、「この顔は、苦しむことなく心不全で一瞬で逝ったお顔です。安らかですね。」って。
優しく抱き上げて、「ポメ、おまえ本当によく頑張ったなあ」と微笑みかけてくださいました。
その言葉に、堰を切ったように、店員H、涙が止まりませんでした。

長かった4年の闘病。

次から次へと襲う重い病と闘い続け、店員Hの欲張りな目標をギリギリの体で耐え抜き、守り抜き、ここまで頑張ってくれたのです。
もうそれ以上、何を望めるでしょうか。
何も望めるはずがありません。

番頭の時は、入院させたまま一人で逝かせてしまってひどく後悔し、いまだに後悔し続けていることもあって、どうしても、ポメ店長は、「自分の腕の中で逝かせてあげたい」と願い続けていました。
その願いも、ポメ店長はしっかり叶えてくれたことになります。
本当に律儀なワンコです。


前日診ていただいた時には、「まさか翌日逝ってしまうとは思っていなかった・・・」と先生も仰っていました。
想像以上に、先生が予見した急性症状が、早く進行してしまったようです。


きれいにしていただき、かわいいお棺に入って、ポメ店長にぴったりのレモン色のきれいなお花を抱えて、私たちのもとに戻ってきました。

本当に寝ているだけで、呼べばすぐに起きてきそうな顔です。

余計に切なくなりました。


帰りは途中土砂降りの雨、そして、またあの枯葉の花道に差し掛かると、ピタッと雨が止んで、また枯葉のロンドの花道が・・・。

ポメ店長、演出しすぎですよ。


「不思議なパワーを持った子」

先生は、この子のことをそうおっしゃいました。


長くなるので、またそれは別の日の日誌で。

すでに、長すぎるって・・・・

まとまりのない文章で、すみません。

でも、今は全然まとめる力がないので、ごめんなさいね。



パパのブログ「ポメとデュークとゆうくんと ~じいちゃんポメラニアン3兄弟なかよし日記」http://pomedukeyu.exblog.jp/

こちらでもポメのこと書いてます。
よろしければのぞいてやってください。

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